· 

伊勢器市さんに行って来ました。その弐


  伊勢器市さんに無事に納品を終えた筆者は、参道をそのまま歩いて外宮(げくう)を参拝して来ました。

 

 全国の皆さんは、お伊勢参りをするならばどんなスケジュールを立てられますか?日帰りであれば、内宮(ないくう)を参拝し、おかげ横丁を散策し、名物てこね寿司や伊勢うどんを食べて帰路につくといった感じでしょうか。宿泊なら、参拝後は伊勢志摩スカイラインやパールロードをドライブして、鳥羽水族館や志摩スペイン村などで遊び、海の幸を食べて宿泊するといった感じでしょうか。

 このように、近年は伊勢自動車道や国道23号線が整備されて内宮へのアクセスが格段に便利になり、外宮を飛ばす参拝客が増えたそうです。また多くの方が主祭神である天照大御神(内宮)を拝めば、お伊勢さんに行ってきたと満足されると思います。私もです。

 しかし、これは「伊勢参りの伊勢知らず」と言うらしいです。下の写真をご覧になって下さい。

 これは伊勢器市さんグループのお土産袋ですが、「お伊勢参りは外宮から」と印字されております。この言葉は決して、外宮門前に参拝客を誘導するためのうたい文句ではありません。ちゃんとした意味があります。

 この頁では外宮参拝をご紹介しながら、浅識ながらも「外宮から」と言われる理由もご説明させて頂きたいと思います。


 

 伊勢市駅から外宮を目指します。

 参道に入ってすぐ右手に、器市さんグループの店舗があります。

その向かい側のお店です。


 伊勢三餅(赤福、二軒茶屋餅、へんば餅)の一つ、へんば餅です。

 古来から伊勢を目指した参詣者は、宮川を渡る前に乗ってきた馬を返す必要がありました。宮川を渡った先は神宮の聖域になり、動物は入れないためです。この返馬(へんば)所で食べられていたのが名前の由来だそうです。

 三重県桑名市から伊勢市までの参宮街道は、別名餅街道と呼ばれ、多くの名物餅があります。三餅の他にも、なが餅、さわ餅などが有名です。昨年、ムティアラ塾の塾長に頂いた「太閤出世餅(たいこうしゅっせもち)」も美味しかったです。その際に、緑茶ではなくほうじ茶を飲みながら食べると美味しいと教わりました。今回お土産で買ったへんば餅もほうじ茶で食べました。昔ながらの素朴なあんこ餅ですが、大変美味しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 赤福さんの店舗 

(伊勢市駅構内)



 参道沿いの食堂、鈴木水産さんのメニューです。

 伊勢は「うまし国」とも呼ばれます。日本書紀に、天照大御神ご自身が「この伊勢の国は、常世(とこよ)の波の重波帰(しきなみよ)する国なり。傍国(かたくに)の可怜国(うましくに)なり。この国に居らんと欲(おも)ふ」と告げた、と記されているそうです。古くから伊勢は物産豊かな国だったようです。

 現在も先述のてこね寿司、伊勢うどん、多様な餅文化の他、伊勢エビ、アワビ、的矢カキ、カツオ、ちりめんじゃこ、アオサなどの海産物が有名ですね。銘酒も多いです(その壱をご参照ください)。さらに伊勢周辺の県内には、松阪牛(松阪)、鶏焼き肉(松阪)、天むす(津)、豚テキ(四日市)、味噌やきうどん(亀山)、はまぐり(桑名)、さんま(尾鷲)など、美味しい食べ物がたくさんあります。正真正銘のうまし国です。


 

歴史を感じさせる山田館(旅館)さんに遭遇しました。大正時代の創業のようです。


 

伊勢市駅から徒歩10分ほどで、外宮前に到着しました。


 天照大御神が伊勢の地を気に入って鎮まり、天照大御神の食事の世話をする神様として、丹波の国(現在の京都府)から豊受大神を呼び寄せ、外宮がご鎮座したそうです。

 外宮では、毎日二度「日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)」が執り行われております。内外両宮の神々は、毎日二度、外宮の御饌(みけ)殿に集まって食事をされます。その食事を、午前八時と午後四時(10月~3月は午後三時)にささげるお祭りです。この神事は豊受大神がご鎮座して以来、およそ千五百年間途切れることなく毎日行われているそうです。このように、神々の食事は内外一体で行われており、つまるところ外宮を欠いては内宮は成り立たたないということです。

御手洗(みたらし)場です。


 勾玉(まがたま)池と言います。ちょうど菖蒲の花が見ごろでした。

下の写真は藤山のしずく皿です。昔、商社さんには「まがたま皿」として納品しておりました。こんな形をした池です。

 三種の神器はご存知でしょうか?勾玉(まがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)のことです。神話では、天照大御神の孫であるニニギノミコトがこの三種を携えて地上(日向の高千穂)に降臨したとされてます。現在、八咫鏡は伊勢神宮に、草薙剣は名古屋市の熱田神宮に、勾玉は皇居に安置されているそうです。昔、三種のうちの二種が東海地方(三重、愛知)の神社にあることを知ったときは驚きました。

しずく皿 織部、ココア

 正殿(しょうでん)前まで来ました。

樹齢何百年でしょうか?

その悠久な生命力に触れようと、手を添える参詣者がたくさんいらっしゃいました(左下)。調べてみると、杉の木のようです。

正宮です。

鳥居の中は撮影NGです。

繰り返しますが、豊受大神は、天照大御神の食事を司る神様、すなわち五穀豊穣の神様です。そして、衣食住のすべての産業を守護するとも言われております。

私も、お客様の食事の時間が豊かになるような、良い食器を作ることを誓いました。

正殿の隣りにある古殿地(こでんち)です。

全国の多くの方が、「式年遷宮(しきねんせんぐう)」という言葉に聞き覚えがあるかと思います。20年に一度、隣の敷地に神殿を新たに造り、神様にお引越ししてもらう神宮最大の神事のことを言います。内宮と外宮の遷宮は同時に行われるそうです。最近では、平成25年に第62回目の遷宮を終えました。遷宮後の古い敷地のことを、古殿地と呼びます。次回の遷宮は2033年です。神様はこちらに引っ越されるということです。


 参拝を終え、外宮から西に500mほど歩いて筋向(すじかい)橋を訪れました。橋の欄干は江戸時代のまま残っているそうです。


 電車も伊勢自動車道も国道23号線もない時代、大阪方からの街道と、尾張・江戸方からの街道はこの橋の手前で合流し、参宮街道となって橋を渡って神宮の聖域に入りました。そして、最初に出迎えて下さるのが外宮だったのです。内宮は、外宮からさらに南東に4kmほど進んだ五十鈴川(いすずがわ)のほとりに鎮まっております。つまり、昔からお伊勢参りとは、まず外宮を参拝し、次いで内宮を参拝するのが習わしであったということです。

 「お伊勢参りは外宮から」 ご理解頂けましたでしょうか?